私の学生時代は戦後の経済復興がようやく進み始めたころで、仙台市内は今とは比べようもないほど粗末な建物が並び、青葉通りのケヤキ並木も小さく、目立たない存在でした。
僕らの研究というのは材料に関する研究なのですが、その中でもエレクトロニクスに関連した材料の研究です。エレクトロニクスというのは皆さん、コンピュータのLSI集積回路などをすぐイメージするのですが、それだけではなく色々な材料が使われています。その中でわれわれが注目しているのが酸化物という材料です。酸化物というのは石ころとか砂だとか、全部、酸化物なのですが、要するに鉄だとか亜鉛とか色々な金属が酸素と反応してできる酸化物、それが石ころのようなものです。それを非常にきれいな材料にしてしかも原子のレベルでその構造を自由自在に操って新しいエレクトロニクスを作る、そういう研究を目指しています。それを僕らは酸化物エレクトロニクスと呼んで、ここ15年ぐらい我々がずっと提唱しているのですが、今は社会的に定着している言葉となっています。
酸化亜鉛というのは、化粧品のおしろいの白い粉が酸化亜鉛です。このような材料というのは、実は一番たくさん使われているのは自動車のタイヤのゴム、これにタイヤのゴムを硬くするのに大量に使われていてすごく安くどこにでもあるような材料なんです。それは白い粉なのですが、白い粉だということは、それがきれいな結晶になったときには透明になるということを意味していて、透明なものを砕くと白い粉になるわけです。その透明であるということは逆にどういうことであるかというと、人間の目に見える光を全部吸収せずに全部通すということを意味していて、逆に言うとその材料が光ると人間の目に見えない紫外線の光が出てくるということを意味しています。だから酸化物の透明なものを光らせるということを我々は考えているわけです。酸化亜鉛というのはそういう風に非常にありふれたものであるとともに実は色々な電子材料に使われています。たとえば雷が落ちるときの避雷針がありますが、避雷針の一番底には実は酸化亜鉛でできたバリスタという電子デバイスが付いています。それからコンピュータだとか電子機器にも必ず電源から入った強い電圧のノイズを電子機器が壊されないようにするためにバリスタという酸化亜鉛でできたものが使われています。そういうものは古くから使われているのですが、僕らが対象としているのは原子を一層ずつ並べていって、きれいな結晶の薄膜を作る、薄さがナノメートルの単位のそういうものを組み合わせて、構造を作っていく、そういうナノテクの最先端研究をやっていて、それでみんなが今まで知らなかった酸化物、石ころのような材料の新しい機能を出す、ということを考えています。そういう新しい機能ができると、普通のシリコンのような半導体でできる機能以上の、全く、新しい機能を作り出していくことが酸化エレクトロニクスの目指しているところです。
ひとつは紫外線が出るということが非常に重要で、紫外線というのは人間の目に見えない光ですけれども、実は紫外線さえあれば、赤緑青の三原色、どんな色にも変換することが簡単にできるわけです。それは蛍光体というものを使うわけですけれども、みなさんご存知の蛍光灯というものがありますね。蛍光灯というのは透明ではなく、白いガラス管になっています。あの白い粉というのは実は蛍光体で、その水銀が出した水銀が雷みたいな放電で出した紫外線を受けてそれを可視光に変えているのが蛍光体なんです。紫外線さえあればたとえば、赤い蛍光体を使えば赤くなるし、緑を使えば緑になる、青を使えば青くなる、それは全部白い粉なんです。そういうことができて、それを上手にブレンドするといろんな色の白が作れるわけです。
たとえば信号機を見ると、どんどんLEDに置き換わっていっているのですが、あれは青色LEDというものがチッカガリウムというこれもまた半導体の材料なのですが、それが日本で発明されて普及して、青ができた。ということで今まであった赤と緑に合わせて青があるということで、3つの色のシグナル、信号ができているわけです。それは青く光る発光ダイオード、緑に光る発光ダイオード、赤に光る発光ダイオードを使っているわけです。僕らは人間の目に見えない紫外線で光る発光ダイオードを作っていて、紫外線さえあれば、どんな色もだせるということで、それぞれ個別の色を用意する必要がなくなるわけです。特にそれは蛍光灯を置き換える白い照明、固体照明と我々は呼んでいるのですけれども、そういう固体照明に使われるという非常に大きな市場もありますし、蛍光灯に比べて格段に省エネルギーになるので、やはりCO2の削減という効果もあるというふうに考えています。
ちょうど2010年くらい、あと2年ぐらいで1兆円の市場が予想されています。それは今、赤青緑に加えて、今青色を使った白色発光ダイオードというものが市場に出ていて、そういうものがどんどん置き換わっていっています。でもそれを本当に蛍光灯を置き換えようと自分の家の明かりをそれにしようとするには、まだ白の色が本当の白じゃなくって、赤とか緑の成分が少ないためになかなか普及しないといわれているのですが、我々の発見した酸化亜鉛の発光ダイオードで白色発光ダイオードを作ると非常にきれいな白が作れるという期待があって、それは紫外線がでるからなんですね。そうだと、蛍光灯を置き換えようかという気になるかもしれない、それが非常に長持ちでしかも省エネルギーということであれば、とてもいいことだなという風に思っています。
酸化物というのは紫外線で光ること以外にも、例えば電気抵抗がゼロになる超伝導だとか、それから、磁石になるものだとか、あるいは今、スイカとかスマートカードでプリペイドカードみたいなものがあります。自分の使った金額をカードが覚えているわけですが、あそこには実は強誘電体という酸化物が使われていて、そういう風にいろんな機能があるわけです。光を出すそういう機能っていうのが実は10年前ぐらい、僕が酸化亜鉛を始める前にはあまりよく知られていなかったのです。そのときに酸化物には色々な機能があるが光の機能がない、ということで、実は酸化亜鉛に僕らは目をつけたわけです。だから酸化亜鉛が一番最初に僕らがその薄膜技術という薄く酸化亜鉛の結晶を作る技術、これを駆使して非常にきれいなものを作ることができました。そのときに、その薄膜に紫外線レーザーを当てて、その薄膜材料を光らせたときにものすごい効率のいいレーザー発信、しかも室温で起こるということを我々が見つけたんです。それが1995年か6年のことです。そのときは、今まで非常に長い間色々なものに使われ、また名前の知られたありふれた材料がすさまじい機能を持っているんだということを発見して、そこは非常にうれしかったですね。そのときに、これは、酸化亜鉛でうまく材料を作れるようになると、画期的な新しいデバイスができるという風に僕らは信じました。それが12年前の話し。そこから実は、電池をつなげば光る、という発光ダイオードを作るまでに8年くらいかかっているんです。8年間の間は何をしていたかというと、酸化亜鉛の発光ダイオードを作るためにはプラスの性質を持つ半導体とマイナスの性質を持つ半導体の二つを作り分けないとだめなんですけれども、その片方、マイナスしかできなかったんです。それをプラスの性質にするのは非常に難しくて、それは八年がかりで、いろんなことを考えてトライしてやっていきましたので、やはり最初にその電池をつないで光った、そういう発光ダイオードができたときというのは、これまた苦労が長かっただけにひとしおでした。一つ目の発見というのは非常にラッキーだなと思ううれしさで、2回目のは8年の苦労を経て「あ~よう我慢したなぁ。」といううれしさでしたね。
実は我々が96年に、「レーザーで光る」ということを発表した後、すごいブームになったんです。だから世界中の研究者が酸化亜鉛のプラスとマイナスを作り分けて発光ダイオードを作ろうという研究に参入していたんですね。我々もそのうちの一人だったわけですけれども。実はその中で、プラスの性質を持つ酸化亜鉛が作れたという論文が50個くらい僕らの発表前に出ています。僕らの発表を終えた後は、その50個くらいの論文はいずれも測定の仕方だとかそういうことがまずくて、本当はプラスになっていなかったと、いう風に我々の研究分野では信じられています。すなわち紙くずになってしまいましたね。それはプラスの性質を持つということを証明する測定が非常に難しくて、一方でプラスの性質を持つものとマイナスの性質を持つものを貼り合わせて電気を流して光れば、これはもう誰もが疑わないプラスの性質ができたということになるんですね。その僕らの前の50個の論文というのはプラスの性質のものができたということは言っているのですが、そのプラスとマイナスをくっつけて電池をつないで光らせるということにはいずれも失敗しているのです。僕らがプラスを作ったということを世の中に発表するときには、絶対にプラスとマイナスをくっつけて電池をつないで光らせないとだめだと自分の中で条件を決めていました。だからプラスの性質ができてから本当に光るまでというのが苦労したのですが、やはり光れば、いちいち面倒くさいことを説明しなくても、そういうプラスのものができたということはもう自明ですから、非常にインパクトのある結果になりました。
そうですね。きっかけというかそのものですね。やはり酸化亜鉛というものが半導体のデバイスとして使えるということは10年以上前、僕らが96年に発表する前には誰も考えていなかったんです。まずそのトリガーを96年に引いて8年がかりして発光ダイオードを作ったということが非常に高く評価されたんだと思います。やはり、世の中の人がなかなかできないと思っていたものを材料科学の力でナノテクノロジーを駆使してきれいなものを上手に作り上げたということが高く評価されたものと思います。
東北大学というのは、材料、ということでは、日本で一番の大学、世界的にも非常にトップレベルの大学ということになっていて、我々材料の研究をしている東北大の研究者というのはそういう評判というのは、個人にとってはとてもつらいものです。一番で当たり前、その中で研究を続け、色々な成果をこれからもどんどん出していきます。ですから、皆様が誇りに思ってもらえるような、東北大学出身でよかったと思っていただけるような大学にこれからしていきます。そういう風に決意しておりますので、ご支援のほど、よろしくお願い致します。