名誉教授が「東北大学の伝統・理念」についてどのような意識をもっておられたのか、またどのような意見をもっておられたのかについて萩友会会報8号で紹介をしました。ここではその調査結果の詳細を紹介いたします。
調査は当時の基礎ゼミの学生達によって行われました。2006(平成18)年11月現在の名誉教授名簿にあった745人の3分の1にあたる250人を無作為抽出し、宛先不明、海外在住者計12人を除く238人に対して実施しました。図1に示すように回収率58.8%でした。その内の120人(85.7%)が復はがきの狭い回答欄に会報に記載したような貴重な意見を寄せられました。
年齢層によって回答が変化することも考えられるので、退官年を5年ごとに区切り、250人を抽出するのに各年代層の総数を比例配分し各年代層に割り当てる人数を決定し、その上で、年代層ごとに無作為抽出を行ない250人を選び出しました。
1.年齢(69歳以下、70~74歳、75~79歳、80~84歳、85歳以上)
2.勤続年数(15年未満、15~20年、20~24年、25~30年、30年以上)
3.出身大学(東北大学の出身学部・大学院別、出身ではない)
という回答者の属性を問うた後、
4.東北大学の「伝統」「校風」についてよく、「研究第一主義」「門戸開放」「実学尊重」が語られますが、それを知っていましたか。
(①知らなかった、②ちょっと聞いたことがある、③知っていた)
5.4で②③に○をされた方にお伺いします。どのようにお知りになりましたか。
(①恩師から伝え聞いた、②先輩から伝え聞いた、③大学の広報関係文書から、④『東北大学五十年史』から、⑤その他 複数回答可)
6.東北大学の「伝統」「校風」で上記三つ以外にもありますか。ありましたらお書き下さい。
7.研究第一主義、門戸開放、実学尊重の意味についてお感じになられていることがありましたら、一つでも、二つでも簡略にお書き下さい。
というもので、ゼミのディスカッションの中で決めたものでした。
250枚のはがきを各年齢層の人数で比例配分したので、回答者の年齢分布は図2のようにほぼ等しくなりました。年齢別回答者数は69歳以下42人、70~74歳36人、75~79歳29人、80~84歳23人、85歳以上10人でした。 図3のように、東北大学の学部または大学院出身者数は66人、出身でない人は64人、不明10人でした。
三つの「伝統」を知っているかについては「知っていた」が132人(95.7%)、「知らなかった」が3人、「ちょっと聞いたことがある」が2人、「不明」が1人となり、年齢や勤務年数に差はなくほとんどの人が知っていました。もっともこれをどのように理解しているかでは後で述べるように違いがありました。3つの「伝統」をどのように知ったかについてでは、複数回答を可としましたが、図4のように恩師からが36人、先輩からが56人、大学広報からが62人、『五十年史』からが17人、その他42人となりました。創立百周年記念事業の広報が盛んに行なわれた時期でもあり、広報活動が大きな役割を果たしていたことが明瞭に示された形となりましたが、『五十年史』によるものも1割強あり、印刷媒体による「伝達」が果たす役割の大きいことも知れました。
その他で記述された「伝統」をどのように知ったかについては、回答内容を整理分類し、多い回答には人数を付して以下に掲げておきます。
(17人)
「いろいろな場合/あらゆる会合/ことあるごとに/さまざまなルートで聞いた/絶えずことあるごとに話題になる/学内の多くの行事/ことに 講演などで」
(各9人)
「東北大学には半世紀以上関わっています。必要以上にきかされています」
「学長総長訓辞等から」
(各3人)
「東北大学の入学式(昭37年)の後に同じ場所で行われた講演会から」
「学部長、学科長の新入生のあいさつで必ずといっていいほど触れられた」 「入学式、卒業式その他のイベントなどのスピーチでとりあげる先生方が (時々)おられた」
「父親・両親」
(8人)
「同僚・友人・先輩から」
(各1人)
「教授に就任してから教授会で」
「大学・研究者の間では比較的よく知られていた事実」
「まなびの杜というシリーズで」
「いつの間にか」
「仙台生まれだから当然」
「私の分野では全国的に知られていた」
「一般の新聞、雑誌、講演、その他」
「日常の研究活動で実感していた」
「入学前の広報、資料から」
「自分で経験した」
「多くの実例」
これらの回答から、恩師や先輩から、さまざまな機会に「伝統」や「校風」が語られ伝えられていたことがわかります。
アンケートでは三つ以外の「伝統」「校風」についてたずねましたが、「教育重視」が必要、理系偏重は問題(各2人)、質実剛健(3人)、素朴、おおらかさ、個性・迎合しない、苦労をいとわない、地道、地味に実力を養う、工学系では発明・発見がよく聞かれる、「虚学」軽蔑と体制翼賛は問題、理魂工才、女性に門戸を開くのが早かった、北大との関係が深く基本的にはフロンティア、国際性、独創性とそれを育む校風(各3人)、自由、自主自由、自由な雰囲気・基礎的研究の重視、研究者間の自由な交流と活発な討論、実学尊重は理系が主であって人文社会系における原典主義とは異なる、中央の流れにしばられない研究、本多元学長の「今が大切」、進出、アンチ中央の気風があるように思います、実証主義、原典主義、いくつかの部活と研究室単位の同窓会活動、運動部特に漕艇部(各1人)、東北大出身・他大学出身を考慮しないこと(2人)、女性の学生・教師を尊重すること、など多数が書き込まれました。質実剛健、素朴、おおらか、地味、地道、自由、独創的などが比較的多く記された言葉でした。
一方、研究第一は当然のことでわざわざ掲げるまでもない、当たり前のことでかえって恥ずかしい思いをしてきたという意見も含まれていました。さらに「研究第一主義、門戸開放、実学尊重は真実でもあり、偽りでもあり、スローガンでもあります。また開学から昭和初期、戦時中から戦後の昭和中期、昭和後期から現在までとでは同じスローガンでも校風の内容は時代とともに変化しています。一律に論じるのは間違いです。3つの校風は何となく明治政府の高等教育に関するスローガンと一致していると思いますが、実態は大学により時代により変化しています。私は東大と東北大に2回ずつ勤務しましたが、それぞれの評議会・教授会等での議論の様子等から推測すると大学によりスローガンは類似しています」という見解も示され、名誉教授達の「伝統」「校風」に寄せるさまざまな思いが伝わってきました。
最後の設問は「伝統」「校風」についての意見を求めたものですが、その一部は会報に掲載した名誉教授の意見でした。意見の主なものは、「伝統」や「校風」をどう捉えるのか、「研究第一主義」をどう解釈するのか、「実学尊重」をどう解釈するのか等について肯定的に展開された意見と否定的に展開された意見が出されました。また、こうした意見とは別に、人文社会科学の重視、教養教育の重視、基礎科学の重視にはじまり、独創的研究、国際的交流を盛んにすること、時流におもねることのない研究や東北大学が今後どのように発展したらよいのかについて種々な提案や意見が出されました。
3つの「伝統」を肯定的に見る見方が28.6%、否定的な見方が14.3%、肯定的な見方や否定的な見方も含め、別の考えや研究・教育への提言をされた方々は33.6%もありました。年齢構成で見ると69歳以下では肯定的見方は19%で最低となり、70~74歳は43.3%と最高を示しました。また、否定的な見方について見ると、80~84歳が9.5%で最低、85歳以上の20%が最大となりました。また様々な意見や提言をされた方々は69歳以下の方々が40.5%で最高となり、他の年齢層は34.5%~30%でした。
以上のように圧倒的多数の人が知っているにも関わらず、理解・解釈にこれだけの多様性が表れる以上、歴史的整理もさることながら、今に生き、これを活用するにはこれからの新しい時代にみあった価値創造と付け合わせてみなければならないように思われます。
東北大学名誉教授 井原 聰(科学史・技術史・科学技術論)