メカトロニクス技術を利用して、医療福祉工学分野の研究に取り組む田中真美教授。ヒトの「触覚感性」を計測するセンサシステムや、触診デバイスなど医療福祉機器の開発を行う。女性ならではの視点の研究が注目されるとともに、日本学術振興会賞を受賞するなど研究実績への評価も高い。自ら活躍する中で、東北大学男女共同参画推進センター・副センター長や、東北大学工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)室長などを担い、女性が安心して働けるキャリアステージの実現に尽力している。
最近の研究の一つに、触感、手触り感を計測する触感センサの開発があります。さらに、これを、臨床の現場で使える触診センサとして応用していく研究に取り組んでいます。
触感は、対象物を自分の手指で触ることで感知します。触覚は他の五感と違って、触ることで対象物の形や温度などに変化を生じさせ感じるもので、作用反作用の法則に支配されます。それだけに、触覚のメカニズムの解明はかなり難しいです。
例えば、視覚や聴覚のメカニズムは、その補助器であるメガネや補聴器が開発されているように、既によくわかっています。これに比べて、触覚の分野はメカニズムが明らかではないので、その代替え品や補助器具の開発は難しいと言えます。それで、触覚メカニズムについていろいろ調べています。
手指によって触覚・触感の判断をしますが、その動作も重要です。例えば、質感のテクスチャーは知りたい時には、手指を横方向へ移動させます。硬さを確かめたい時には対象物を押しますし、温度を知りたい時は手指で触れてじっと静止します。
このように、人は欲しい情報によって動作を変えて情報を収集します。その判断が優れている人と、そうではない人との差もあります。もしかしたら、触る動作が違うかもしれない。そう考えて、熟練した医師の触診時の手の動きや、触感が大事な仕事のエキスパートの手の動作をカメラや力センサで計測し、その違いを検討したりしています。
これまで、ヒトの触覚感覚受容器の特徴を実現するセンサを製作し、ヒトの触動作を基にしたセンサシステムも開発しました。
これによって、素材の違う布の判別だけでなく、衣類に関して「しっとり感」「ふんわり感」などの手触り感を調べることを可能としました。日本の繊維メーカーやフランスの化粧品メーカーからオファーがあり、やりがいを実感しています。
▲感触計測実験装置 |
また、このセンサシステムで皮膚や毛髪の荒れ具合や弾力などを計測したり、スキンケア効果やシャンプーコンディショナー効果などもキャッチできたりします。「しっとり」「なめらか」「さらさら」感などを計測し、実際に日本の化粧品メーカーとの共同開発で、シャンプーの製品化に貢献しました。
現在、取り組んでいる触診センサ関連の研究として、乳がん検診に使用できる検査器の開発があります。これまで、前立腺の検診に使用できるセンサ開発に成功しています。私としては、男女ともに触られるのが嫌な部分を触診センサに替えてあげられたらな、と考えています。特に女性が他の人の手によって触診されることに抵抗感が強いことに着目して、検査する人の代わりになる医療機器を開発したいと考えています。まだ、モデルでの検証でありますが、乳がんのしこりが小さくなればなかなか検出が難しくなるので、そのサイズの縮小化と闘って今、3mmのサイズのしこりの検出に挑戦しています。
平成元年に東北大学工学部機械工学科へ入学しました。高校の理科の先生から、「なぜ、工学部?薬学部に進学した方が良いのでは」とのアドバイスがありましたが、育った家の近所に鉄工場があって、溶接などを間近に見る機会も多く、モノづくりに興味があったからだと思います。
学生時代は「楽しかった」につきます。将来の進路なども深く考えず、困らないようとりあえずは高校教員の免許を取得しておこう、という感じでした。学部の時は、天気のいい日はドライブに出かけたりして遊んだり、またアルバイトでは家庭教師や塾講師などをしてました。
思い出深いエピソードは、学部4年生の時に研究室でチームを組んでロボットコンテストに参加したこと。皆で一所懸命に頑張ってユニークな水汲みロボットを作って、アイデア賞をもらいました。この経験は大変有意義であると思い、現在私の研究室でも継続して学生たちが一生懸命参加しています。
研究室選びは希望通りとなり、機械力学と振動工学がご専門の長南征二先生の指導を受けることになりました。研究室では、先輩の方々が面倒見が良く、研究だけでなくいろいろ教えて頂いて、また同期や後輩たちもいい刺激をくれました。おかげで、私も研究の楽しさに目覚めて一所懸命になる日々でした。
卒業研究はロボットアームで、修士に進学してロボットフィンガーに取り組むことになりました。小さな力を制御しながらモノを掴む。例えば、卵を割らずに掴むことは、人間の手だと簡単でもロボットにはできない。それで、接触の位置が変化しても押しつける力を安定に制御できるロボットフィンガーの開発研究をすることにしました。その時に、市販のセンサの限界を感じ、新たなセンサを開発しながらフィンガーの部分を作るということが肝と感じ、これまで取り組んだ触感を測るセンサや今取り組んでいる触診のための医療機器開発への道が拓けたのです。
修士を卒業した頃は、バブルがはじけて企業からの就職口が激減し、女子の募集は全然ありませんでした。幸い、長南研究室の助手の職につくことができ、ロボットフィンガーの研究に尽力するとともに、学生の指導にあたりました。
▲センサヘッド部 |
ドクターは、ロボットフィンガーで布を分別する研究の論文で取得しました。この布の研究では、日本とフランスの企業の実用現場とのパイプができて、刺激となり励みにもなりました。シーズとニーズの間を探りながら研究テーマを設定していく――この考え方を固めるに至ったのです。
それにしても、指導して下さった長南先生が、「やりたいことをやりなさい」と、研究テーマの設定をはじめ、やりたいようにさせて頂けたことは大きいです。おかげで、自由な発想で研究に取り組むことができました。自分では研究に男女格差を感じたことはありませんが、女性ならではの視点で研究しているとはよく言われます。要は自分が興味を持ったり発想したりしたことにチャレンジしてきたわけですが、その端緒は長南先生の懐の大きさに負うところが大きいと思っています。
女性が研究を続けていくことが難しいと感じるようになったのは、准教授時代の2006年に出産してからです。7月の夏休みに男の子を出産し、2カ月で職場復帰しました。
助かったのは、川内キャンパスにけやき保育園があったこと。これは東北大学の教職員や学生向けの保育園で、乳児から預かってもらえました。当初は保育園が近いので、授乳に通っていました。保育士の方がいろいろ協力してくれたり、また子育てについても教えてくれて、大変助かりました。
大変なのは、子どもが病気になった時。これも大学の病後児保育室があり、心強いです。とはいえ、病院への通院やらと、時間が取られます。必要に応じて、どうしても睡眠時間を削らざるを得ません。それだけに、研究者とはいえ体力勝負の所が大きいですし、頑張り抜くしぶとさも大切です。
頼りになったのは、同じように子育てをする学内の女性教員の方々。悩みを話したり、アドバイスを受けたり、出かける時に子供を預けたり、現在も助け合っています。
最近、社会では乳幼児への虐待などが話題となりますが、一人で悩まずに誰かに話して、周りの方たちに状況を理解してもらうことは大事です。私たちも悩みを皆で話し合うようにして、互いの情報を共有していくことで、その解決策も見つけられていると実感しております。
今は、子どもも小学3年生になりました。研究室でのイベントには、できるだけ参加したいので、子どもも連れて行くようにしています。
▲平成26年度日本学術振興会授賞式部 |
最近は子どもの行動で気になった時などには、「会議をしよう!」と呼びかけて話し合いをしています。会議ノートをつけて、子どもなりに考えさせて自分で意見をまとめるようにさせます。少しずつながら大人として扱うようにするのが大事だと、痛感しています。
女性研究者の活躍について思うことは、女性は自分を過小評価してどうしても前に出たがらない傾向がある点でしょうか。自信を持ってチャンスを掴むことに、積極的になってほしいと思います。
とはいえ、大学では9時~5時で終わらない仕事が多いので、プライベート生活にかかる負担は大きいです。それには、充実した仕事を効率的に取り組んでいく知恵と実行力が必要です。一方、採用する側には、労働時間内に仕事を終了させる配慮が求められます。女性の働きやすいステージづくりへ、今後も自分なりの実践を踏まえて尽力していきたいと願っています。
山形県立山形東高等学校出身。1993年東北大学工学部機械工学科卒業、1995年同大学院工学研究科博士課程前期修了、1999年博士学位取得、2001年同工学研究科助教授、翌年東京工業大学精密工学研究所助教授併任、2003年~2006年フランスパリCNAM にて文部科学省在外研究員、2008年同医工学研究科/工学研究科教授就任、現在に至る
【主な受賞歴】
2000年日本AEM 学会論文賞、2008年日本機械学会賞(論文) 、同年科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞 、2010年日本AEM 学会賞技術賞受賞、2014年 FIRST シンポジウム「『科学技術が拓く2030 年』へのシナリオ」内NEXT ライフ・イノベーション・ポスターセッション金賞、 2014年第11 回日本学術振興会賞を受賞