第3回アガサ・クリスティー賞受賞の栄誉に輝き、ミステリ作家の仲間入りを果たした本学法学研究科出身の三沢陽一さん。作家への歩みの端緒は、学生時代に遡るという。ミステリ好きが集まった研究会の同士とともに、トリックの魅力に惹かれてペンをとるようになったのである。いつしか書くことが趣味の領域を超えて作家志望に変わり、小説賞の応募へ意欲を燃やすまでに。そして今、推理小説界の新星ながら、クォリティの高い本格ミステリ作家の登場に熱い注目を集めている。
大学1年の時に、先輩とミステリ研究会を創設しました。月に1回ペースで例会があり、課題本を決めて皆で読んで、その感想や評価などを話し合ったのです。その頃は、1日に3~4冊、年に500~600冊は読んでいました。
当時はミステリ本の古典はなかなか無くて、古本屋さんなどを探したのですが、それも結構、楽しかったです。
小説めいたことを初めて書いたのも、大学1年の時。ミステリ研の会誌を発行するため、先輩に言われて400字詰め30枚ぐらい無理くり書いたものです。以来、トリックを考えたり、どういう書き方がいいのか考えたりして、書くことも面白いと思うようになりました。
修士課程2年の頃、たまたま応募した作品がある小説賞の最終候補に残りました。編集者から「出版してみないか」と言われて、甘い見通しながらプロ作家になる期待が生まれました。ところが、結局、この話はポシャったのです。「賞をとらなければ出版への道は拓けない」と落胆し、デビューできず悶々としました。書くこと自体も嫌になって、それから2~3年は書きませんでした。
東日本大震災は一つの転機でした。震災前に他の仕事に就こうとしてましたが、震災でその仕事がダメになり、やはり作家の道を目指そうと決心。また応募を始めて、ミステリ、文学の小説を問わず、月に1~2回は応募しました。自分ぐらい最終候補に残っても落とされた人間は居ないでしょう(笑)。
アガサ・クリスティー賞は、これが最後の応募と思っていたので、受賞の知らせに嬉しさとともにほっと安堵感が沸いてきました。
書き始めてからデビューするまで長かったと実感します。断念せずに続けて来られたのは、次々と読書を重ねる中で、何を書いていこうかという自分の立ち位置を意識できたことでしょうか。ジャンルもミステリにとどまらず、純文学なども含めて、書きたいことに合わせた小説にトライしたいと考えてきました。
好きな作家は、例えば、去年亡くなられた連城三紀彦さんです。大学時代に彼の作品『戻り川心中』を読んだ当初は、文章の格調が高すぎて理解できませんでした。ところが、その後にもう一作、『夜よ鼠たちのために』を読んで凄い!と思い、『戻り川心中』を読み返してみたのです。文体や雰囲気にすっかり魅了されました。連城さんも、ミステリ、一般小説などジャンルを問わず書き下ろしています。何か共感できるところが多い作家です。
また、70年代後半に発行されていた小説雑誌『幻影城』出身の作家、泡坂妻夫さん、山田風太郎さんなども好きです。
ミステリとひと口に言ってもいろんな要素がありますが、小説としても成り立つような、ミステリと小説が両立している作品の魅力を持ち味にしたいと考えています。
現在のミステリ界は、軽いタッチのものやキャラクターものなどのトレンドはありますが、おもねることなく自分なりに創意をこらして時代に挑戦していきたいです。何かに挑んで行かないと、創作するモチベーションが続いていかないですから。
とにかく目指すところは、古くて新しい「新古典派」。古いものを踏まえた新しさを求めて、読み捨てられるのではなく本棚に残るような作品を書きたいです。
今も書くことは99%苦痛ですが、最後の一文を書いて「了」と記入した時の快感は、何にも代え難いです。
デビュー後は、受賞作の『致死量未満の殺人』(早川書房)に続いて、『アガサ・クリスティー賞殺人事件』(早川書房)が出版されたほか、『花盗』(電子書籍「小説屋sari-sari」2014年11月号/角川書店他)も刊行されました。この作品は、敬愛する連城三紀彦さんのオマージュとして執筆しました。
また、東北大学部室棟を舞台にした『切断された手首の問題』(「ミステリマガジン2014年12月号」/早川書房)も、ご一読下さると嬉しいです。今後、仙台やキャンパスを舞台にした本格ミステリを手がけてみたいと思案中です。
大学時代は、同じ学部の友だちが8人位おりまして、日々、助け合ったものです。自分の時間、遊ぶ時間をつくるため、授業は分担して、それぞれ好きだったり興味があったりする授業を担当しました。授業が終わると、私のアパートが皆の溜まり場になっていて、麻雀もしたし、お酒も飲んで、よく話しました。政治や法律の解釈、恋愛話まで、夜中の3時、4時頃まで話し込みました。その時間がとても大切なものでした。そして、テスト前に皆を集めて勉強会を開き、皆で落ちこぼれることなく卒業できたのです。
お蔭で半端じゃない読書時間を持てたし、毎日充実していてあっという間でした。大学時代に過ごしたあの濃厚な時間は、もう二度と訪れない。しみじみそう思います。
卒業後は皆、弁護士、県庁職員などの公務員、一般企業のサラリーマンなどとして、全国ばらばらに。全員集まることはあまりないのですが、受賞のお祝い会を秋保温泉でしてもらいました。
「いつか賞を獲ると思っていたよ」などと、意外に皆、冷静に受け止めてくれてました。
卒業して就職して、皆がまっとうな道へ進んだのに、自分だけ定職に就いてないコンプレックスがありました。普通だったら「就職しろよ」とか言うはずが、友人たちの誰一人として言いませんでした。選んだ人生に口を挟まなかったし、受け入れてくれたのです。そういう人の存在が、受賞への道を支えてくれた根本にあります。そんな友人に恵まれたのが、東北大学に入って良かったという一番の理由でもあります。
大学時代って、偉そうなことは言えませんが、好きなことを見つけるのが大切です。好きなものがないと、空っぽなものになる。夢中になれる、やめろよと言われてもやらずにはいられない、やりたくてたまらないことを見つけるのが学生だし、それが人生を充実させる第一歩です。
一人でいいので、一生の親友を見つけた方が良い。社会人になってからでは見つかりません。好きなことだけやってる時間、裏切らない親友、辛い時に助けてくれる仲間。それらは、どんなにお金を積んでも手に入らないのです。
1980年、長野県岡谷市生まれ。1999年東北大学法学部入学、2005年大学院法学研究科修士課程修了、2013年『コンダクターを撃て』(『致死量未満の殺人』として出版)が第3回アガサ・クリスティー賞を受賞。現在、日々執筆に明け暮れる。
[主な著作]
『致死量未満の殺人』(早川書房)、『アガサ・クリスティー賞殺人事件』(早川書房)、『花盗』(電子書籍「小説屋sari-sari」2014年11月号/角川書店他)、『切断された手首の問題』(「ミステリマガジン12月号」/早川書房)他