シリーズ〔宇宙〕
わが国の実用ロケット開発
上條 謙二郎
=文
text by Kenjiro Kamijo
かみじょう けんじろう
1940年生まれ
現職:東北大学流体科学
研究所教授
専門:宇宙推進工学
http://luna.ifs.tohoku.ac.jp/
わが国のロケット開発の端緒
米国がアポロ計画で月面着陸に成功していた頃の1970年、わが国の実用ロケット開発に大きな転機が訪れました。それまで自主開発をめざして進めていたわが国の実用ロケット開発計画は、宇宙開発事業団の理事長に就任した島秀雄氏(新幹線開発の技術的責任者)らによって米国からの全面的技術導入へと変更されました。今から考えると、米国が外国へのロケット技術の流出をよく決断したものだと感心します。今はこの種の技術流出にはたいへん敏感になっています。古いロケットでしたがライセンス生産され、Nロケットとしてわが国の人工衛星の打上げに活躍し、また液体ロケットの技術も蓄積されました。
わが国の実質的液体ロケットの開発はH-Iロケットによって行われました。第2段にターボポンプを用いる液体酸素・液体水素エンジン(LE-5)と慣性誘導装置を開発するという経験の浅いわが国にとっては画期的なものでした。この開発は米国や欧州に比べて極めて順調に行われ、また全ての打上げにも成功し、開発に携わった関係者には大きな自信となりました。
ロケットの自主開発へ尽力
米国のロケットを用いる限り、人工衛星の打ち上げには制約がかかります。何とか全てを自主開発したいという気運が高まり、H-IIロケットの開発となりました。第1段には、大型で高性能のロケットエンジンが必要になります。LE-5エンジンの経験を生かしても、推力で10倍、燃焼圧力で5倍、ターボポンプの出力で50倍のLE-7エンジンの開発にはいくつもの困難が待ちかまえていました。高圧高温配管の溶接部での亀裂の発生、高圧高温タービン翼での亀裂の発生、高速ポンプ羽根車での特異なキャビテーション(沸騰現象)の発生、など過去に経験のないことが次々に発生し、結局これらの改良のために開発は2年遅れとなりました。
1994年の1号機の打ち上げ以来6回の打ち上げに成功し、誰もがH-IIロケットの高い信頼性を信じ切っていた昨年の11月、8号機(7回目の打ち上げ)の失敗が起こりました。当初は燃焼器系統の故障ではないかと、解析が行われました。しかし3,000メートルの深海から劇的に回収されたLE-7エンジンは、故障の原因を明確に示していました。
大流量の液体水素を高圧にして燃焼器に送るターボポンプの入り口部の螺旋状の羽根車(インデューサー)が、疲労のため破損しており、直ちに原因究明の試験が行われました。最初の設計からは全く想像のできない現象、すなわち羽根入り口に発生する渦とキャビテーション(沸騰現象)が上流へと大きく逆流する現象、が生じていることが判明し、こうした不安定な流れのために大きな周期的な力がかかりインデューサーは破損に至ったと結論されました。
そのような運転になってしまった原因は単純なことでした。エンジン開発には改良はつきものですが、何度かの改良のため、インデューサーの作動点が設計時に比べて20パーセントも変わってしまっていたのです。インデューサーの作動点の変更には神経を尖らせなければならないはずなのに、とやりきれない気持ちになりましたが、後の祭りです。こうした失敗の経験は次に生かすしかありません。
高信頼性を追求する研究開発を
H-IIロケットは開発当時に比べての円高も重なって打ち上げコストが高く、これを改善する必要があり、コストをほぼ半分にするH-IIAロケットの開発が現在進んでいます。「安かろう悪かろう」になってしまっては大変なことです。当然のことですが、H-IIAロケットの見直し作業が徹底的に進められています。
最後に、H-I、H-IIの開発、H-IIの事故調査H-IIAの点検作業、などわが国の実用ロケット開発に深く関わってきた者として、以下のことを切望しています。すなわち、今後、関係者は数回の打ち上げに成功したからといって安心せず、より高い信頼性を持つロケットとなるよう研究開発を怠らないこと、これがH-IIロケットの失敗を教訓に転化する道であると信じます。