東北大学ゆかりの文学者たち
シリーズ 東北大学ゆかりの文学者たち 4
人生の教師・阿部次郎
長谷川 公一=文
text by Koichi Hasegawa
 
 
 阿部次郎(1883〜1959年)は、東北大学100年の歴史を代表する哲学者・思想家です。美学講座の初代教授でしたが、総合的な知性の人、文字どおり人文的な教養を体現した学問横断的な巨人、「人生の教師」と慕われてきました。師の漱石にならって、「木曜会」と名付けられた自宅を開放しての毎週木曜夜のサロンは、文系・理系を問わず、学生たちの人気の的でした。とくに戦時下にあってもリベラルな立場を毅然と貫きとおし、当時の学生の敬慕を集めました。
 「俺が天才であるか、俺が天才でないか、そんなことはすべて俺にはわからない。しかし俺は今『人間』の自覚を生活の中心とすることによって、ようやくこの意味における『天才』の問題を確実に超越することができるようになったことを感じている。」(『三太郎の日記』から)。自己とは何か、人生とは何か。独得の重く難解な文体によって「自分の矛盾」を深くみつめたこれらの問いは、旧制高校や大学で西洋的な学問に触れ、近代的な自我に目覚めはじめた大正時代や昭和期の青年たちの心を魅了しました。初期のエッセー集『三太郎の日記』は、1914年の刊行から70年代はじめ頃まで、「青春の必読書」として熱心に読み継がれてきました。

阿部次郎記念館(仙台市青葉区米ヶ袋)

阿部次郎記念館(仙台市青葉区米ヶ袋)
 
 東北大学赴任後の阿部次郎は、美学の体系化をめざすとともに、ゲーテやニーチェなどの紹介者として、西洋文化の「窓」としての役割をはたしました。同時に、日本文化史研究の先駆者として、世界的な視点から、日本文化の特質を考察した比較文化研究のパイオニアの一人としても、『世界文化と日本文化』(1934年)をはじめとして、大きな仕事を残しています。今日では、浮世絵や歌舞伎をはじめとして、江戸期の爛熟した文化が国際的に高い評価を得ていますが、戦前は、江戸時代はおおむね暗黒時代ととらえられていました。阿部の『徳川時代の芸術と社会』(1931年)は、1970年代以降さかんになる江戸研究の先鞭をつけた著作でもあります。著作はすべて全17巻の全集に収録されています。三女の故大平千枝子さんが書いた『父 阿部次郎』(東北大学出版会、1999年)は、阿部の生涯と家庭人としての姿を娘の視点から活き活きと描き出したものです。
 「真理を愛するこころ」によって、その生涯をつうじて人生の意味を探求し続けた阿部次郎の学問とその精神を記念し、東北大学文学部は、米ヶ袋の日本文化研究所跡に阿部次郎記念館を開設し、原稿や短冊のほか、土門拳撮影の写真や夏目漱石からの手紙など、ゆかりの収蔵品を展示しています。創立百周年を記念して、2007年度から、高校生のすぐれたエッセーに贈る「青春のエッセー 阿部次郎記念賞」を創設しました。
 



花登 正宏

はせがわ こういち

1954年生まれ
東北大学大学院文学研究科教授
専門:社会学、社会変動論
■ 阿部次郎記念賞 http://www.sal.tohoku.ac.jp/abe/
■ 阿部次郎記念館 http://www.geocities.jp/abe_jirou_kinenkan/


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