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読解力―― |
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私の専門は教授・学習に関わる心理学であり「教師や仲間とのやりとりや、教材・学習材から学習者はどのように知識を獲得するのか」「どのような学習支援が人的・物的に可能か」に関心を持っています。ここでは、最近の私の研究テーマのひとつである読解について紹介します。 |
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読解学習の支援―― |
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心理学的な記憶研究の成果から、私たちは頭のなかで呈示された情報を古いものから新しいものへ、原因から結果へ、と時系列や因果の順に並べ直していることがわかってきました。このような人間の記憶の性質を踏まえると、情報は時系列順に呈示するほうが円滑に理解できると予想されます。 文章理解研究からは、そのとき読んでいる文とその直前の文の2、3文程度が読解時の私たちの頭のなかで同時に処理されること、このため部分的な関係を整合させる作業(代名詞の照応や、順接や逆接の接続関係など)が読解処理において重要であることがわかってきました。部分的な整合性が低い文章では、代名詞が多用されたり、接続詞のような機能語が極端に少なくなります。そのような文章を読むときには、整合性を補うための適切な情報を参照したり推論する必要があるのですが、読み手がこの心的作業を必ず行うとは限らないため「理解・記憶」がうまくいかない場合も多々あります。 そこで「時系列順に情報を並べ直す」「代名詞を減らす」「適切な接続詞・句を挿入する」といった、部分的な整合性を高めた文章を作成して実験したところ、「記憶・理解」「精緻化・吟味」が優れており、このように教材・学習材からの読解学習の支援が可能だということがわかりました。部分的な整合性が低い文章は、新しい内容を学ぶ場合には不利益となるおそれがありますが、ある程度の既有知識や積極的に読む態度を備えている場合には、さほど心配する必要はないでしょう。 世の中整合性の高い文章ばかりではありませんし、最終的には、どんな文章であっても適切に読解できる力を身につけることが望まれるでしょう。そうなると、読解や理解に効果的な読み方や学習の進め方を直接教えればよいのではないかと思う方もいるかもしれません。しかし、教えられた読み方や学習の進め方を自分のスタイルとして確実に使えるまでにはかなりの練習が必要であり、しかも最終的な定着率が低い事例も多く報告されています。この点に関しては、仲間同士の学びあいを取り入れた、継続的に行えるような活動で読解力の育成を試みています。 |
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仲間との共同推敲―― |
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学術雑誌には、査読(Peer Review)というシステムがあります。査読とは、学術論文が雑誌に掲載される前に同じ専門分野の研究者が読み、その論文を評価し、必要な場合は加筆修正を促すプロセスであり、この査読により公刊論文の質がある程度保証されているといえます。 この査読と同様に「お互いの意見を交換して読みあう」作業が大学生の小論作成に効果的かを実験しました。まず、テーマに沿って意見を書き、それを仲間同士で交換して、より説得力ある意見にするためにはどうしたらいいかをお互いにコメントします。出されたコメントは元の学生に戻され、その後再度自分の意見を書くという手続きです。 この方法では、作文における推敲プロセスを拡張して本来の書き手とそれにコメントする仲間(peer)との間で共有する共同推敲になっています(図1)。この活動のなかで、自分の意見に対するコメントだけでなく、自分がコメンターとなる経験から多様な意見に触れますので、結果的に小論推敲における修正案の具体的な選択肢が増えることになります。この点で、書き手個人の負担が大きくなることなく、かつ、より「精緻化・吟味」した修正が可能だと考えられます。 ただし、この方法の効果は、人によって異なります。たとえば、受けたコメントを「私に賛成の人が多かった」のように賛否や好意の有無で判じたり、コメントについて何も書かなかった学生は、2回目の小論の「精緻化・吟味」評価は、1回目よりも下がってしまいました。これに対し、受けたコメントを具体的に書いた学生は、2回目の小論の評価が1回目よりも向上していました。 このように、読解を「深める」には、多様な意見に触れるだけでは不十分と言えましょう。多様性を自覚的に認識し、それを自分の言葉で言い換える作業、すなわちパラフレーズ(paraphrase)を行う必要があるのです。これにより、私たちは読解した内容と自分の既有知識と結びつけて知識を構成していきます。日常生活や授業において、表面上は同じ活動をしていたとしても、個人個人の理解や読解が違うのは、このパラフレーズの部分が異なっているためなのです。 |
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情報の形式の変換による読解力の育成 |
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前述したように、現代社会には文章だけでなく、それ以外の形式や様式の情報があふれており、私たちはそれらの情報を使いこなすことが求められています。このとき読解・理解を支援する方策として、情報を図表など他の形式に翻訳・変換する作業の効果を検討しました。学生は、コラムを読みながら、内容を文章または図表の形式でまとめます(図2)。その後、コラムの内容を再生させる記憶テストを行いました。実験の結果は、文章および図表のいずれの形式でまとめた場合でも、大学生は自分の知識を投入して「精緻化・吟味」していましたが、とくに図表の形式でまとめた場合、自分の意見や知識が付加されていました。 また、興味深いことに、大学生の用いた「図表」はとても幅広いものであり、データを視覚表現した狭い範囲の図表に加え、見出しや箇条書きなどの構造を持った書式や、矢印などの記号、そして絵画的表現を組み合わせていました。これらは、情報そのものや読解をまとめる機能を持つ、「グラフィックオーガナイザ」としてとらえることができるのではないかと考えています。 |
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ふかや ゆうこ
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