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糖尿病・肥満の現状 |
糖尿病は増えています。2002年の調査では、糖尿病患者740万人、糖尿病予備軍880万人と報告されています。糖尿病は全身が傷む病気です。糖尿病は血液中の糖が多すぎる病気ですが、年余の末に全身の血管が傷んでくる病気だということをご存じですか。 |
私たちの体質は現代生活に合わない |
どうして糖尿病や肥満は増えているのでしょうか。運動不足、過食などの便利で快適な現代生活が糖尿病や肥満を増やしているのは確かですが、人類が長い飢餓の時代を生き延びてきた歴史とも関わるらしいのです。私たちの祖先は、何十万年もの間、しばしば来る飢餓の時期を耐えしのんできたのです。肥満している方が飢餓の時には生き延びるチャンスが増えます。その末裔が私たちですから、私たちは太りやすい体質をもっています。 |
過栄養を扱う医学の必要性 |
医学は人の病気を治すため、予防するためにあります。これまで、栄養不足のために起こる病気についての医学は非常に進歩してきました。ところが最近、糖分や脂肪を摂り過ぎる、蛋白質も摂り過ぎる、必要な運動をしない、となると体に何が起こるかという、過栄養を研究する医学が必要となってきたのです。私は、これを栄養不足から過栄養の医学へのパラダイムシフトと呼んでいます。 |
肥満・糖尿病患者さんの治療の実際 |
私たちのチームは、医学研究を進めると共に、病院では糖尿病代謝科の医師として、外来および入院病棟で糖尿病や肥満、高脂血症(血液中の脂肪が多い)の患者さんの診療にあたっています。 これらの患者さんでは、血糖値などの状態、体の痛み具合の状態(例えば腎臓や心臓はどのくらい傷んでいるか)を評価して、治療法を選択していきますが、治療の基本になるのは、食事療法と運動療法です。すなわち、必要とされるカロリーと栄養素を摂り、臓器を傷めない運動をできるだけする、ということになります。薬だけでは、何年にもわたるよい体の状態は続けられないのです。 食事・運動療法は、ずっと続けなければなりません。1〜2日ならほとんどの人ができるでしょう。しかし、1年、10年となると、その困難さが理解できると思います。守れない人もたくさんいます。 |
過栄養への新たな治療法の開発を目指して |
何とか、現在の治療法を超えるものはないか。エネルギー摂取を制限するのではなく、体のエネルギー消費を高めることで過栄養にならないようにはできないか。私たちの研究チームは、このような過栄養への新たな対処法の開発をめざして、肥満・糖尿病のモデルとなる動物を用いて研究を進めることにしました。 |
新たな臓器間代謝情報ネットワークの発見 |
さらに研究を進めて、脳、肝臓、脂肪、筋肉といった臓器の間で、それまで知られていなかった代謝情報ネットワークがあることを見つけ出しました。図でご説明しましょう。内臓脂肪の代謝を高めると、その情報は神経を介して脳まで伝えられます(緑)。脳はこれに反応して、ガツガツ食べていたのをやめます。いわば、内臓脂肪に食欲ブレーキが内蔵されているようなものです。それに加えて、内臓脂肪から血液中に高血糖を改善する因子を放出します(赤)。これらの結果として、肥満と糖尿病の改善がみられます。 肝臓の代謝情報も神経を介して脳に伝わることを見出しました。肝臓に脂肪を貯めこませると、迷走神経を介して脳に情報が伝わり(青)、脳は交感神経の働きを強めて、体の基礎代謝を高め、脂肪組織に痩せろというシグナルを発します(青)。肝臓は血液中にも血糖を改善する因子を放出します(赤)。その結果、肥満と糖尿病が改善します。これらの研究成果は、『サイエンス』や『セルメタボリズム』という評価の高い学術誌に掲載され、新聞紙上でも取り上げられました。 |
おわりに |
私たちが見出した、これらの代謝情報臓器間ネットワークは、過栄養時における体内に内在している恒常性維持機構と思われます。そして、この破綻が、肥満・糖尿病や最近よく取り上げられるメタボリックシンドロームの発症につながると考えられます。そこで、この代謝情報臓器間ネットワークがどんな物質によって介在されているのかを明らかにできると、私たちの体におけるエネルギー・糖代謝の恒常性がどう維持されているかについての新しい仕組みがわかります。そして、この過栄養時代の肥満・糖尿病に対する新規治療法の開発という、私たちの夢も達成されると期待しています。 2006年10月に米国でこの研究の講演を行ってきました。私が講演したマサチューセッツ医科大学では、RNA干渉の発見で、クレイグ・メロー博士が2006年のノーベル生理学医学賞を受け(授賞式は12月)、大きな喜びと達成感に包まれていました。50人ほど入るセミナー室で1時間講演したのですが、なんとメロー博士が最初から最後まで聞いてくれて、私は大感激でした。 |
私たちが見出した新しい臓器間代謝情報ネットワーク |
おか よしとも |