がんの兵糧攻めを究める

佐藤 靖史=文
text by Yasufumi Sato

 

血管新生とは?

 血管新生は、新しい血管が作られることで、体に備わっている生理的機能です(図1)。大人では、子宮内膜で性周期に応じて、あるいはケガをしてその傷が治るとき(創傷治癒)に起こりますが、それら以外では、普段、血管新生は起こりません。限られた場所で、必要に応じて血管新生が生じるということは、言い換えると、むやみやたらに血管ができないような制御機構が働いているということを意味しています。
 ところが、この制御機構が利かなくなってしまった病気の代表ががんです。がんには、もともと血管は備わっていません。血管がないと酸素や栄養が足りないので、がんは一定のサイズ(2〜3m㎥)以上に大きくなることはできません。そこでがんは、新しい血管(腫瘍血管)を作って、周囲の血管から血液を引いてくるのです。一度血管ができると、がんはどんどん大きくなり(進行がん)、そして体中に転移を起こします(図2)。つまり、血管新生を阻止して、がんを兵糧攻めにすることが治療に役立つと考えられるのです。

図1/血管新生の動物モデル
 
図2/血管新生とがん
 
血管はどのようにして作られるか?

 血管は大動脈として心臓を出発し、どんどん枝分かれして細くなり、毛細血管となって全身にくまなく分布して組織に酸素と栄養を与え、再び静脈となって心臓に戻ります。このような血管は、母体の中で胎児が発達するとき、一番初めに形成が開始します。血管ができないと胎児は発育することはできず、肝臓や膵臓といった臓器すら形成されないのです。また、「人は血管と共に老いる」と言うように、加齢とともに粥状(じゅくじょう)動脈硬化症が進み、心筋梗塞や脳梗塞といった病気を起こします。血管が如何に重要かが分かると思います。
 血管を作るため、体には特別なしくみが備わっています。その代表が血管内皮増殖因子と呼ばれるたんぱく質(VEGF)です。増殖因子にはたくさんの種類があって、いろんな種類の細胞に作用しますが、VEGFは血管を作っている血管内皮細胞に選択的に作用する増殖因子です。VEGFは、酸素が足りないとき生成され、血管の基となる細胞(幹細胞)から血管内皮細胞へ分化させるとともに、血管内皮細胞に働きかけて新しい血管を作らせるのです。
 VEGFは、子宮内膜や創傷治癒といった大人の血管新生でも中心的な役割を担っていますが、がんもこのしくみを使って血管を作っているのです。つまり、がん細胞は、酸素が足りないことを感知してVEGFをたくさん生成しますが、さらにがん化による遺伝子の変異のために、低酸素とは関係なくVEGF遺伝子の発現が高まってしまうのです。

 

血管新生と病気の関係

 がんは、血管新生を伴う病気の代表で、日本人の死因の約30%を占めていますが、血管新生が関係している病気はがんだけではありません。がんと並んで、日本を含む先進国で重要な病気が粥状動脈硬化症です。粥状動脈硬化症によって生じる脳梗塞と心筋梗塞で日本人の約30%が死亡しますが、欧米では心筋梗塞が死因のトップとなります。
 実は、この粥状動脈硬化症にも血管新生は大きく関わっているのです。太い動脈には動脈を外側から栄養を供給するための血管があります。粥状動脈硬化症では、この栄養血管から血管新生が生じ、粥状動脈硬化症を増悪させるのです。さらに、直接死に至る疾患ではありませんが、糖尿病性網膜症、関節リウマチなど、後遺症が重篤な病気にも血管新生は密接に関係しています。
 病気との関係では、血管新生の悪い面ばかりを強調しましたが、良い面もあります。動脈が詰まってしまいそうなとき、側副血行路(血管のバイパス)ができますが、血管新生はここでも重要です。側副血行路の形成が悪いとき、これまでは手術しか治療法はありませんでしたが、現在では血管新生を促して側副血行路を形成させる血管再生療法が試みられています。
 
私たちの研究成果

 私たちの研究室では、血管を構成している血管内皮細胞に注目し、血管新生における血管内皮細胞の遺伝子発現調節について研究を展開しています。これまでに、血管内皮細胞が発現する転写因子(遺伝子の発現を調節する因子)の研究から、血管新生を促進的に調節する転写因子と抑制的に調節する転写因子を明らかにし、それら転写因子の標的遺伝子を同定して機能の解析を行ってきました。また、マウスの胚性幹細胞が血管内皮細胞へと分化する過程で発現変動する遺伝子の中から、血管新生に必要な分子を単離・同定し、機能の解析を行ってきました。現在、特に力を入れているのが、私たちが発見した、血管内皮細胞が自ら発現して血管新生を抑制的に調節する新規因子の「vasohibin(バゾヒビン)」です。
 バゾヒビンについてもう少し説明しましょう。体には、何らかの刺激が生じた時、刺激が行き過ぎない様にコントロールするしくみが備わっています。良く知られているのがホルモン分泌で、ホルモンが作用するとき、そのホルモンの量が多すぎると体を壊す恐れがあるので、ホルモンの放出量や作用をコントロールするため、ネガティブ・フィードバックのしくみが働きます。私たちは、血管新生でも同様の制御機構があるのではないかと仮説をたて、血管内皮細胞をVEGFで刺激したときに変動する遺伝子を網羅的に解析しました。その結果、血管新生を制御する新規因子を発見し、バゾヒビンと命名しました。
 バゾヒビンは血管新生が起こっている時に血管内皮細胞自身が生成するたんぱく質で、自分自身に対して作用して血管新生を抑制する因子です。バゾヒビンを使うことで、がんの発育や転移をコントロールすることが可能になるのではないかと考えて研究を進めているところです(図3)。

図3/バゾヒビンのがんに対する効果
 
最後に
 血管新生は、日本人の死因の半分以上を占めるがんや粥状動脈硬化症に密接に関与しています。血管新生が制御できなくなることが、これらの病気の進行につながってしまうため、血管新生を効果的に制御する治療法の確立が期待されています。
 特にがんにおいては、一つの治療法で治癒させることは難しく、集約的にあらゆる手段を用いて治療するわけで、手術や放射線治療、抗がん剤に加えて、抗血管新生薬剤を組み合わせて治療すれば、治療効果は飛躍的に向上するものと期待されているのです。私たちの研究が病気の治療に役立てるよう、今後も研究を進めていきたいと考えています。

佐藤 靖史

さとうやすふみ

1954年生まれ
東北大学加齢医学研究所教授
専門:血管生物学
http://www.idac.tohoku.ac.jp/dep/vascbio/


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