「新しい教養教育を求めて


原 研二
=文

text by Kenji Hara

 新しい歴史の教科書が国際問題まで引き起こして、大きな話題となっています。ここで、この教科書のことに直接立ち入るつもりはないのですが、私のように長くドイツ文学の研究に携わってきた文科系の人間の目からみると、人文科学の分野の教科書が大きな話題になっていること自体は歓迎するべきことです。というのも、21世紀の教育を考える上で、人文社会科学分野の教育が非常に大きな意味を持っていると私は考えているからです。
 21世紀には、これまで以上にめざましい科学技術の発展が予想され、また国際化も一層、進展していくことでしょう。現在の日本における教育の全体的な傾向を見ると、広い意味での技術の修得に力点が置かれていますが、このような状況に対応する人間を作るという点で意味のあることです。例えば、外国語教育、具体的には英語教育においても、実用的な能力や、ディベートの能力の向上がうたわれて、それなりの成果を収めてきました。けれども、人間の死の問題や、あるいはクローン、環境汚染、人口問題、国際紛争など、現代社会が抱えるもろもろの複雑な課題を真に解決していくためには、技術の修得だけでは足りないのは言うまでもありません。学問の進歩にとっても、社会の健全な発展にとっても、今きわめて必要なのは、自然科学と人文科学の対話であり、教育という点から考えるなら、人間形成や、人格の陶冶といういくらか古風な言葉で表現される側面ではないでしょうか。それを担う役割は、大きく人文社会科学の肩にかかっています。

 語学の問題ひとつをとっても、日常会話や旅行会話ができることは大切ですが、しかし会話をするスキルを身に付けても、そのスキルを使って相手に伝えるべき中身がなければ、国際人と言えるかどうかは疑問です。むしろとつとつとした表現であっても、内容のある話であれば、より高く評価してもらえるのではないでしょうか。私は、多くのヨーロッパの人と付き合うなかで、そういうことを実感してきました。けれども、現在の教育には、そのような内実を持たせるという側面が不足しているのではないでしょうか。大学の教育という観点からいえば、それは教養教育の不足であり、また日本の教育制度全体を考えてみた場合でも、真の教養を持たせる教育が軽視されているのではないかという危惧の念を私は持っています。スキルを超えて、人間の内実を深めるような教育が今こそ必要とされており、それを担う上で、人文社会科学は大きな責任を持っていると私は考えています。


はら けんじ

1951年生まれ
現職:東北大学大学院文学研究科教授
専門:ドイツ文学



I N F O R M A T I O N
平成13年度
総合学術博物館
「自然史探訪」
公開講演会
第1回平成14年2月9日(土)
午後13:30-15:30
関 宗蔵(理学研究科天文学専攻教授)
130億年の宇宙史

第2回平成14年2月16日(土)
午後13:30-15:30
工藤 博司(理学研究科化学専攻教授)
元素の起源

第3回平成14年2月23日(土)
午後13:30-15:30
中森 亨(理学研究科地学専攻助教授)
サンゴ礁と地球環境
第4回平成14年3月2日(土)
午後13:30-15:30
尾田 太良(理学研究科地学専攻教授)
1万8000年前の氷河期の世界

第5回平成14年3月9日(土)
午後13:30-15:30
森 啓(総合学術博物館教授)
もっと自然史を理解しよう

受 講 料 無料
会場・問合せ先 東北大学総合学術博物館
(仙台市青葉区荒巻字青葉tel 022-217-6768)

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