ハシボソガラスの自動車利用行動
−カラスはカラスをあざむくか−

仁平 義明=文
text by Yoshiaki Nihei

 仙台のハシボソガラスが自動車にクルミをひかせて中身を食べる「自動車利用行動」は、国外でも知られるようになりました。最近、自動車利用行動を否定する論文をアメリカの研究者が書いています。カラスがクルミを車にひかせているようにみえるのは、上空から落として割ろうとしたクルミが偶然に車にひかれるだけなのだというのです。しかし、ここに掲載した写真のように、まぎれもなく自動車利用行動は存在します。たまたま私が学術論文の上では世界最初の確認者ということになりましたけれど、仙台では、以前から、たくさんの市民のみなさんがご覧になっていたことです。
 その後、東京大学の樋口広芳教授や東北大学の学生足立泰啓君、廣津直樹君たちと一緒に研究をすすめてきた結果、自動車利用行動の性質がわかってきました。国内にずっといるカラスには、ハシブトガラスとハシボソガラスの二種類があるけれど、ハシボソガラスだけが自動車利用行動をすること、上空からクルミを落として割る投下行動もハシボソガラスだけがすること、さらに、カラスが車を利用するときには単純なワンパターンの行動ではなく状況に応じた幾通りものパターンをとることなど、ほかにもいろいろあります。


【写真1】クルミを割るために上空からクルミを
     投げ落とすハシボソガラス

【写真2】クルミを自動車にひかせようとするハシボソガラス

 カラスたちが、私たちが思いこんでいたより、はるかに高い知能を持っていることを示す報告が蓄積されつつあります。ニューカレドニアのカラスが木の枝を使ってカミキリムシの幼虫を釣る行動などは、その良い例です。
 しかし、私がカラスに高い知能があると感じるのは、虫釣り行動や自動車利用行動ではなく、別な行動です。カラスがクルミを自動車にひかせようとするとき、ほかのカラスに横取りされないように欺く行動をしているのではないかと思われるふしがあります。クルミを道路に置いて待っているときに他のカラスが来ると、その目の前を飛んでよそに連れていき、自分だけ戻って来る行動がみられるのです。これはフェイント行動です。チンパンジーが餌場で同じようなフェイント行動をとることはよく知られていますが、カラスでの報告はありません。カラスのフェイント行動は、私には、自動車利用行動そのものよりも魅力的な研究テーマです。




にへい よしあき
1946 年生まれ
現職:東北大学大学院文学研究科教授
専門:応用認知心理学