ダイヤモンドを光でつくる

高桑 雄二=文
text by Yuji Takakuwa


 「ダイヤモンドは何に使われていますか」と聞かれて、まず思い浮かべるのは結婚指輪の宝石ではないかと思います。ダイヤモンドの放つきらびやかな光は人々を魅了して止まず、確かにダイヤモンドは「宝石の王様」の位置を占めています。しかし、ダイヤモンドの用途は装飾用の宝石に限らず、超精密の研削加工用工具、電子回路部品の放熱基板や過酷環境で働くセンサー、光学窓材、素粒子物理学実験の検出器、スピーカーの振動板などに幅広く利用され、今後、利用範囲がさらに拡大するものと期待されています。これはダイヤモンドが地球上で最も熱を伝え易く、かつ最も硬く、そして結晶中を電子が動き易いなどの優れた性質を持っているためです。このようにダイヤモンドは現代の基礎科学や先端産業を支える必須材料であり、人々の目には触れないところで重要な働きをしています。
 では「ダイヤモンドはどのようにして作られますか」との質問には、多くの場合「地中深くで作られ、地球の造山活動で地上近くまで出てきたものを採掘します」との答が返ってくるのではないかと思います。このようにして得られるものは天然ダイヤモンドと呼ばれ、主に高価な宝石に使用されます。産業用に使用されるダイヤモンドは合成装置を用いて安価に大量生産されたもので、合成ダイヤモンドと呼ばれます。



複合表面解析装置




 合成ダイヤモンドの作り方には2種類あり、高圧(約10万気圧)と高温(約1,600℃)で作る高圧合成法と、低圧(約0.1気圧)の原料ガスの化学反応を高温(約800℃)で行わせて作る気相合成法です。高圧合成法は地中の環境を人工的に創り出そうとするもので、巨大な圧力発生装置が必要です。そのため、現在の高圧合成法では数Cmの大きさのダイヤモンド結晶を作ることもできますが、非常に高価なものになってしまいます。気相合成法では小型の真空装置を用いて、任意の形状・大きさの基板表面にダイヤモンド薄膜を堆積できます。例としてシリコン表面に成長したダイヤモンド粒子について、走査電子顕微鏡で観察した写真を示します。気相合成法の原料ガスは主にメタンですが、アルコールや一酸化炭素などの炭素を含むガスであれば何でも使用できます。これまで日本酒やウイスキーからダイヤモンドを成長させた報告もあります。しかし、気相合成法のダイヤモンドには炭素原子の結合の乱れである欠陥が多く、高圧合成法では触媒に用いた金属や窒素などが不純物としてダイヤモンドに混入して黄色く着色するため、宝石に使用できる高品質の合成ダイヤモンドはどちらの方法でもまだ得られていません。このように、現在のダイヤモンド合成技術は品質の点でまだ地球の力には及びません。
 高品質に加え、大面積のダイヤモンド薄膜を簡便な装置で安価に作れることも、ダイヤモンドの広範囲な産業利用のために必要とされます。その実現のために、これらの条件にかなう気相合成法は大きな期待が寄せられ、1980年代に開発されて以来ダイヤモンド成長の研究が熱心に進められてきました。それにも関わらず、気相合成法によるダイヤモンド成長のしくみについての理解はまだ十分ではなく、成長装置も多くの改良を必要としています。



気相合成法でシリコン表面に成長させたダイヤモンド粒子


 私たちの研究室では、気相合成法によるダイヤモンド成長のしくみの解明と成長技術の革新をめざして研究を進めています。これまでに、メタンと水素のガスの中で高温の基板表面で進行しているダイヤモンド成長を調べることができる、複合表面解析装置を開発しました。この装置は写真に示すように大変に複雑なものですが、独自に開発した表面計測技術により、ダイヤモンド成長に関する多くの情報を同時にリアルタイムで得ることができます。これらの研究に基づいて、ダイヤモンドに紫外光を照射し、表面から飛び出してくる電子を用いて原料ガスを分解してダイヤモンドを成長させる、これまでの方法とは全く異なる気相合成法を提案しています。このことが実現すればダイヤモンドが光でつくられることを意味し、殺菌灯のような紫外光ランプで大面積の基板を照らすことで、ダイヤモンド薄膜の大量生産が可能となります。そのため、ダイヤモンドの広範囲の用途への実用化を促し、21世紀の省資源で環境に優しい産業社会や市民生活を支える重要な役割をダイヤモンドが担うことを可能とするでしょう。現在のところダイヤモンドを光でつくる研究は基礎研究の段階で、提案しているダイヤモンド成長技術はまだ科学者の夢に過ぎませんが、実現できれば社会への多大な貢献が期待されるものなのです。





たかくわ ゆうじ
1954年生まれ
現職:東北大学科学計測
   研究所助教授
専門:表面物理学