鴨 池 治=文
text by Osamu Kamoike
良いに付け悪いに付け、最近ほど経済に関心が持たれている時期はないように思います。80年代後半のバブルがはじけ、不良債権の大量発生から、以前には考えられなかった銀行の倒産が起こりました。失業率も4.6%と信じられない水準になって、家計も企業も不況の中で喘いでいるというのが、最近の状況です。雇用が不安定になり、将来の公的年金もどうなるか分からないという不安の中で、消費を切りつめ、貯蓄を増やして将来に備えるというのは、家計の行動として極めて合理的であると考えられます。また、ものが売れない時代に、設備投資を控え、無駄を無くすために雇用者を減らし、贅肉を落とすという企業の行動も合理的です。さらに、できるだけ安全なところで資産運用を図り、危険な中小企業への融資を抑える銀行の行動も合理的なものといえます。しかし、こうした人々のもっともな行動が、経済を不況に落とし込み、ますます人々の経済状況を悪くしています。
ケインズは、1929年当時の世界の大不況を目の前にして、それまでの市場と価格が全てを解決するという経済学では、深刻な不況から脱却することはできないと考え、新しいマクロ経済学を創りました。民間に任せていたのでは、経済はますます悪くなるので、政府が主体となって、通貨量を増やして金利を低くし、財政支出を増やして有効需要を大きくしなさいというのが、彼の処方箋でした。これに加えて、どのようにして金融システムを安定化させ、資金の流れを円滑に行わせるかも、大不況のときに出てきた大きな問題でした。アメリカで25%の失業率をもたらしたこの大不況は、結局、第二次世界大戦の軍需によってようやく終結したのです。
バブル後、92、93、94年度とほとんどゼロ成長だった日本経済は、95、96年度3〜4%の成長に戻りました。この時期、景気対策として、約70兆円の財政支出が追加されましたが、景気の回復が思わしくなく、ケインズ政策は有効性を失ったとの声が聞かれました。実際には恐らく、この多額の政府支出のために、経済はなんとか3〜4%の成長に戻ったのです。にも関わらず、70兆円の財政支出増は効果がなかったとし、これは自立的な景気回復によるものであると錯覚して、97年度には財政引き締めをやってしまいました。その結果はどうでしょう。97年度は0.7%、98年度は2.2%(政府見通し)とすっかり落ち込んでしまいました。今は、金融システムの安定化といった経済インフラを整備しながら、政府主導による経済回復を図る必要があります。政府がものを買うことで、企業の売上が伸び、それで雇用が増えると同時に投資も増えてゆく。家計も雇用が安定し所得も増えて消費が回復してゆく。企業の業績が良くなるにつれて銀行の融資も活発になされる。悪循環の歯車を逆に回すことで、良い循環に変えていくことが求められています。これはまさにケインズ政策です。
かもいけ おさむ
1945年生まれ
東北大学経済学部教授
専門:金融論