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生活と環境との関係を単位化
エコロジカル・フットプリントとは、私たちが消費する全てのエネルギー、水、食料その他の物質を持続的に提供し、さらに、私たちが排出する廃棄物を吸収するために必要な陸や海を面積として転換した指標です。
例えば、私たちの生活が環境に与える影響は一般に、排出されるCO2の重さとして表されています。では、1kgのCO2とはどの位でしょうか。1リットルの牛乳パック、それとも米1俵? やはり、特定の形がないものの大きさをイメージするのは困難です。それでは、「もし、世界中の人々が日本に住む人々と同じような生活をしたら、2.4個の地球が必要となる資源の量」という表現ではどうでしょうか。こう言われてみると、私たち人間に許容されている以上の資源を消費していることが、イメージしやすい単位を使うことで容易に理解できるでしょう。 エコロジカル・フットプリントは、私たちの生活が環境に与える影響の度合いを、ヘクタール(ha)をもとにした、グローバルヘクタール(gha)という単位を用いて表します。1 ghaとは、世界の平均的な力をもつ生物生産が可能な土地面積の1haのことです。わかりやすい例を挙げると、土地が牧草地の場合、牧草地の生物生産力が低いことから1haは1ghaとならず0.49ghaとなります。一方、1haの農耕地の場合は生物生産力が高いことを考慮して、2.21ghaとなります。 この単位は、大きさだけでなく、色、美しさ、味、においといった物事の総合的な価値までをも含んだ、画期的な新しい単位と言えます。 地球の資源には限界がある
エコロジカル・フットプリントの概念は、カナダのバンクーバーのブリティッシュコロンビア大学においてウイリアム・リース教授が指導したマティース・ワケナゲル氏の学位論文として、1990〜1994年に開発されました。この概念は急速に普及し、今や国レベルや地域レベルの計算に多くの国々で一般的に使われています。
国家レベルのエコロジカル・フットプリントは、毎年、世界自然保護基金(WWF)において計算され、リビング・プラネット・レポートという報告書が発表されています。その報告書の最新版によると、日本に住む人一人当たりのエコロジカル・フットプリントは4.4ghaですが、米国は9.6gha です。世界で最もこの数値が高いのはアラブ首長国連邦の11.9ghaで、一番低いのはソマリアの0.4ghaです。なお、世界の平均は2.23ghaです。 しかしながら、問題は地球の資源をこのように多量に使ってもよいかどうかということです。この質問に対する答えが、バイオキャパシティ(環境収容力)という世界の生物生産が可能な土地面積を指す概念です。2003年の時点で、バイオキャパシティの合計は112億ghaで、これを一人当たりに換算すると1.8ghaになります。前述のとおり日本に住む人一人当たりのエコロジカル・フットプリントは4.4ghaですから、人類に許容される面積の2.4倍を使用したことになります。言い換えれば、世界中が日本に住む人と同じような生活をすると、2.4個の地球が必要になると言うことです。 エコロジカル・フットプリントの計算法
こうした数値を計算するにあたり、初めにその全体システムに必要な資源の生産及び廃棄物を処理するために必要な土地面積を農耕地、牧草地、漁場、森林、生産能力阻害地、およびCO2吸収地という6種類に分類します。実際の土地をghaに換算するには、土地面積に「等価係数」という係数を掛けます。等価係数とは、世界の平均生産力を元にそれぞれの土地の種類による生産力の重み付けをしたものです。
それでは、ある商品のエコロジカル・フットプリントをどのように計算するかを見てみましょう。例として、環境との相互関係が単純明快なカシミアを取り上げます。カシミアは、Capra hircusという山羊の外側の剛い粗毛の下に生えている柔毛を毎春に刈り取って得られます。純粋なカシミアの毛糸は羊ウールの10〜12倍の値段で取引されており、その価値は「牧草地の真珠」と呼ばれるほどです。 カシミアの数値を計算する前に、カシミアのライフサイクルを調べてみる必要があります(図1)。カシミア山羊はその大半が中国内モンゴルの草原地帯で飼育され、放し飼いのための広大な牧草地と、トウモロコシなどの飼料を生産する農耕地を必要とします。山羊の毛は刈り取った後、工場内で機械を使って、選別、紡績、染色をされ、製品化されます。この過程では、加工の間に排出されるCO2のための吸収地を必要とします。なお、実際のライフサイクルはもっと複雑です。 私たちの調査によると、放し飼いでは1頭の山羊に必要な牧草地は1.13haです。なお、1kgのカシミアを生産するには13.89頭分の毛糸が必要になるので、15.7ha (1.13×13.89)の牧草地が必要になります。その他に、一頭分のトウモロコシを生産するには0.036haの農耕地が必要となり、1kgのカシミアを生産するには0.5ha(0.036×13.89)の農耕地が必要です。 また、加工に必要なエネルギーを発生させるには、1kgのカシミアに対して38.26kgのCO2が排出されることからそのCO2を再吸収するために0.00736ha(38.26÷5200)のCO2吸収地を必要とします(一haの森林は5200kgのCO2を吸収します)。 表1にそれらの詳細を示しましたが、3つのカテゴリーを合計すると、8.80gha/kgとなります。この値は、綿のエコロジカル・フットプリントである0.0058gha/kgに較べれば、非常に大きな値となります。カシミアは高価なだけでなく、環境負荷も非常に大きなものです。 許容数値の超過分に注目
ここで「エコロジカル・フットプリント分析によって、地球の未来について何がわかるのか」という声が起こることでしょう。エコロジカル・フットプリントは、状況がどの程度悪化しているかを知らせるだけではありません。それは、私たちのエコロジカルな(生態学的な)現実を目に見える形で示してくれます。
例えば、日本に住む人々の平均的なエコロジカル・フットプリントは4.4ghaであることを思い出してください。この数字は、私たちに許容されている数値より2.6 gha(4.4‐1.8)の超過となっています。私たちがこの超過を帳消しにするには、一人当たり1.94ha(2.6÷1.34)の砂漠を森に変えなければいけません。あなたにそれができますか? |
ディニル プシュパラール
1958年生まれ 東北大学大学院国際文化研究科准教授 専門:国際資源政策論 http://www.intcul.tohoku.ac.jp/ |