坂田 宏 =文
text by Hiroshi Sakata


民事裁判の手続のあり方 ― 民事手続法


 私が専攻するのは民事手続法です。その対象は民事訴訟法で、民事裁判に関する法的な問題を取り扱っています。裁判員制度が導入される予定の刑事訴訟とは異なり、民事法に関する訴訟手続です。民事法というのは、貸金問題、相続問題といった日常の法律紛争から、ライブドアで有名になった株式会社を巡る紛争まで広範囲にわたる分野をカバーしています。そこで生じる法的紛争を裁判所がどのような手続で処理していくべきかを考え、研究するのが私の仕事です。
 さて、民事裁判というものは、一体どういうものでしょうか。例えば、借金についてトラブルが起こったときに、金融機関である貸主Xが借主Yに対して貸したお金を返してくれという訴訟を起こしたとします。この訴訟で勝つべき人はXでしょうか、それともYでしょうか。勝敗を決めるルールブックは、民法という法律です。民法587条ではこのような契約を「消費貸借契約」と呼びますが、契約がその効力を発生したとして、貸したお金を返してもらう権利が認められるためには、次の2つの条件が必要です。1
つは、XとYの間でいつまでにお金を返すという合意があったこと(返還の合意)、もう1つは、XからYに実際にお金が渡されたことです(現金の授受)。これらの事実を証明できるかどうかが、この訴訟の勝敗を決めます。このような事実を証明する場として裁判所があり、そこでの手続を定めているのが民事訴訟法です。
 これを法論理学、とくに法的三段論法の視点から説明しましょう。(図1参照)「(1)人は必ず死ぬ。(2)ソクラテスは人である。(3)よってソクラテスは死ぬ。」という論証です。(1)の部分を大前提と呼びます。一般的な命題ですが、これは、先程の民法にあたるものです。(2)の部分は小前提と呼び、(1)の命題が成立する条件に具体的にあたるかどうかを判断します。先程の例で言いますと、裁判の場で返還合意と現金の授受を証明する場面です。こうして(3)の結論が出てくることとなり、借金を支払えという裁判所の判決がされることとなります。
 民事裁判の手続は三層構造となっています。まず、原告Xが被告Yに対して民法に規定された権利、貸金返還請求権を主張する段階があります。ここでは、XとYは、権利という目に見えないもので争います。そこで、権利の争いを、もう少し捉え所のある事実の争いに変換するのです。つまり、民法の要件に合致する事実があったことを主張する段階です。こうして、裁判で何を争うべきかが具体化してきます。そのような事実について争いがあれば、その事実があったかどうかについて証明をする段階になるのです。


判決するために必要な法律 ― 民事訴訟法

 民事訴訟法は、原告Xと被告Yを中心に規定されていますが、実は、まず第1に、裁判官が判決をするために必要な法律です。目前の訴訟について判決をするために必要な手続を裁判官に指示しているのが民事訴訟法であり、裁判官の行動指針を定めた法律です。
 しかし、裁判官の行動指針がなぜ国家の法律で定められなければならないのでしょうか。そもそも、なぜ裁判官は判決をしなければならないのでしょう。民事紛争は、当事者の話し合いで解決されることもありますが、当事者の一方が納得しなければ、国家の強制力を借りざるをえません。この強制力を独占しているのが裁判所、つまり司法府です。一般市民が民事紛争を強制的に解決する判決を得ようと思えば、裁判所に行かなければならないわけですから、国家の側で民事訴訟法を制定しておく必要があります。国民は、憲法32条の裁判を受ける権利を有するだけでなく、民事訴訟法を制定せよという意味で民事裁判を求める権利を持つと言えるでしょう。
 こうして、私の研究は司法制度を担う人々という視点をもちます。裁判官、訴訟の当事者、そして当事者の代理人である弁護士です。特に裁判官、弁護士、そして刑事裁判における検察官を「法曹」と呼びますが、この法曹養成制度が大きく変わろうとしています。


東北大学法科大学院の開校


 従来の法学部の卒業生は、その一部が法曹、研究者といったスペシャリストになる以外は、ジェネラリストとして一般企業などに就職していました。2001年6月、司法制度改革審議会意見書は、司法制度改革のうち人的基盤の拡充について、法曹を「国民の社会生活上の医師」として位置づけ、2010年頃までに新司法試験の合格者数を年間3000人にするという法曹人口の拡大化を提言しました。そして、その中核に法科大学院という専門職大学院を置き、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」の中での新たな法曹養成がスタートしました。
 2004年4月、東北大学法科大学院は、裁判所、検察庁および弁護士会との連携をとりつつ、法曹養成に特化した教育を始めました。(図2参照)キャンパスも、仙台高等裁判所、仙台高等検察庁、仙台弁護士会館に近い片平地区に置かれ、法科大学院修了者には、今年から始まった新司法試験の受験資格が与えられることになりました。入学定員は1学年100名です。修了までに3年を必要とする法学未修者(約45%)と2年を必要とする法学既修者(約55%)に分かれます。社会人、非法学部出身者・他大学出身者も多数入学しています。授業は、教員・学生相互間の多方向・双方向で展開される討論により行われます。学生は精力的な予習・復習を要求されますが、24時間学ぶことができる自習室が図書室とともに設けられ、学生は寸暇を惜しんで勉学に励んでいます。
 カリキュラムの特徴は、法律の基本科目について、1・2年次に徹底的に教育されること、そして、裁判官、検察官、弁護士などが2・3年次の実務基礎科目を担当していることです。弁護士業務を疑似体験できる講義も開かれています。


研究を実践の場に活かせる絶好の機会


 このような法科大学院教育に携わることは、従来の机上の研究を裁判という実践の場に活かしていく絶好の機会が与えられることです。毎日のように裁判官教員の研究室を訪れ、実務と理論がかい離しているように思われる点について議論するうちに、思いもかけない接点を見出すこともたびたびあります。法科大学院教育に携わった経験をもとに、民事裁判の真の担い手である国民の「裁判を求める権利」をより充実したものとするために、研究していきたいと思います。

 
 

さかた ひろし

1959年生まれ
東北大学大学院法学研究科総合法政専攻
(東北大学法科大学院)教授
東北大学法科大学院副院長
専門:民事訴訟法/民事手続法、裁判法
http://homepage3.nifty.com/kaboliveland/



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