アルツハイマー病治療薬開発の新戦略
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大泉 康=文
text by Yasushi Ohizumi |
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アルツハイマー病とその治療薬 本格的な高齢社会を迎え、アルツハイマー病等の認知症の治療薬の開発が社会的な要請となっています。アルツハイマー病になると、脳の萎縮、神経細胞、特に記憶や学習機能において中心的役割を果す海馬のコリン作動性神経細胞の変性脱落、老人斑、アミロイドβペプチド(A―β)の沈着などが見られ、記憶・学習障害が起こります。この主たる原因としてA―βの沈着が考えられています。現在、アルツハイマー病治療薬としては、脳のコリン作動性神経の機能を活性化させる目的で、アセチルコリン分解酵素阻害薬が日本を含め世界中で使われています。しかし残念なことに、この薬物を用いても、一時的に症状が改善されますが、根本的に病気を治すこともその進行を完全に止めることもできないのが実状です。 F―1の記憶障害改善作用は、ラットによる図に示した方法を用いて調べました。すなわち、八本のアームのうち4本のアームの先端部に好物の餌を置き、全ての餌を取り終えるまでに要した時間の測定を行います。評価法として参照記憶エラー数(餌を置いていないアームを選択した回数)と作業記憶エラー数(一度選択したアームを再度選択した回数)を測定します。参照記憶は長期の記憶に、作業記憶は短期の記憶に関与します。A―βの持続的な脳室内投与により作製したアルツハイマー病モデルラットにF―1を投与すると、記憶障害が顕著に改善されることが明らかとなりました。 一方、脳において嗅いの情報の伝達に重要な役割を果している「嗅球」の機能の異状とアルツハイマー病の発症との間には密接な関連があると言われています。この嗅球を除去したマウスは、脳のコリン作動性神経の変性を伴う記憶障害モデル動物となります。嗅球を除去後、F―1を1週間連続腹腔内投与しますと、記憶障害が顕著に改善されました。また、組織化学的実験を行った結果、嗅球除去により海馬のコリン作動性神経が変性・脱落しますが、興味深いことにF―1によりそれが再生することが判りました。 F―1の薬効のメカニズム ラット海馬に対するF―1の影響を調べてみますと、F―1により遊離するアセチルコリン量が上昇し、コリン作動性神経の機能が活性化されていることが判りました。従って、F―1による記憶障害改善のメカニズムのひとつとして、コリン作動性神経のシナプスにおける神経伝達の促進が関わっていると考えられます。 |
1942年生まれ |