力学からのアプローチ
大学の「機械工学」における教育、研究は、皆さんが想像される機械とは少し異なりもっと広い領域を含んでいます。機械工学は、mechanical
engineeringで mechanics(力学)から由来する用語であり、「力学」を基本としている学問体系です。「力学」は、対象物に力が作用した時、どのような力が生じ、どのように形を変え、どのように動くのかなどを研究します。具体的には、空気や水の流れなどを扱う力学、金属やプラスチックスなどの材料を扱う力学、熱の移動などを扱う力学、機械の振動や機構を扱う力学などが基本になり、より高度な学問体系を構成しています。
ヒトの身体にあてはめて考えてみましょう。身体は、種々のタンパク質や無機質などの材料により、皮膚、血管、骨、歯といった生体組織や器官で構成され、さまざまな機能を果たしています。また、生体内は一種の化学工場で、熱が発生し、病気になると高熱が出たりします。活動する際にはいろいろな姿勢をとり、バリアフリーの住宅設計には人の動きを把握しておく必要があります。車の衝突時には、日常的には考えられない力が作用し身体に傷害をもたらします。このように力と生体は密接に関係していることが、お分かりいただけると思います。
未知の生体機能の解明―内皮細胞機能
私たちの研究室では、機械工学の立場から生体の未知の機能を解明するために、また直接臨床に役立つ研究を行っております。ここでは2つほど具体的な研究例を紹介してみます。
図1(a)は血管の一部を切り開いて内側が見えるようにした模式図です。血管壁の内側は一層の細胞(内皮細胞)に覆われていて、内皮細胞には血液によって擦られる力(せん断力)が働いています。血液の流れの状態によって内皮細胞は形を変えたり、細胞で作られるタンパク質や化学物質も血流により制御されていることが最近明らかになってきています。
内皮細胞にせん断力が作用して形が変わった例を示したのが、図1(b)です。細胞の形を決定する細胞骨格と呼ばれる成分が白く染色されており、力がかかると全く構造が変わってきています。力によって細胞の形や機能が変わることは、私たちの身近な例として、運動により筋肉に負荷をかけると筋肉が太く丈夫になることが挙げられます。内皮細胞の場合には、この形や機能が、動脈硬化や高血圧などの病気の発生と関係していることから研究が盛んに行われています。
せん断力と内皮細胞機能の関係を明らかにすることによって、将来、.動脈硬化の発生・進展を防御する薬の開発、あるいは診断方法の開発へ寄与することなどが期待されています。
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図1(a)血管壁にかかるいろいろな力
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図1(b)内皮細胞に流れが加わった時の細胞内部の変化
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予防診断に役立てるために―
―動脈りゅうの破裂
図2(a)は、動脈硬化などが原因となって動脈壁の一部が膨らむ病気の大動脈りゅうの模式図です。大動脈りゅうは破裂すると死亡する確率が大変高い病気です。図2(b)は、血管壁の一部から切り出した組織に圧力をかけて血管が破裂する瞬間の写真です。表面に黒く見える斑点は、長さの変化を測定するために研究者が付けたものです。
私たちは写真のような実験を通して、動脈りゅうがどのような機構で破裂するのかを明らかにし、その予防診断の技術を確立するために臨床医学の先生方と研究を行っています。
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図2(a)動脈りゅうの
模式図と 試料の切り出し
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図2(b)切り出した血管壁
に内側から 圧力をかけて破裂
している瞬間
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